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2010年 05月 26日
スペインの映画監督ビクトル・エリセの作品はどれも好きで、 この人の作品には本当のスペインが描かれていると思っています。 個人的にとくに印象的なのは、 「マルメロの陽光」と「ミツバチのささやき」の2作品です。 (彼の活動年が独裁者フランコ時代とその直後に重なっているという事や、 おそらく本来も寡作な監督だという事で作品数自体が極端に少ないのですが、 どの作品も、濃密で芳醇で深い静けさをたたえています。) 先日図書館でみつけた「ミツバチのささやき」のビデオ。 中高生の頃、深夜の映画番組で初めてこの映画を見た時、 そしてその翌日同じものをみた一番の友人とこの話題に夢中になり、、 一生わすれられない映画の一つです。 そして後になって思えば、偶然にもスペインの映画でした。 18年前、初めてスペインへ旅した時、 『ビクトルエリセの映画には本当のスペインが描かれていたんだなぁ! 』 と思いました。 荒涼とした大地。 吹きすさぶ風。 憂いのある瞳を持つ人々。 そういったものが表現されているという意味で。 ****** 今回図書館で借りたビデオを見て(何十年ぶりかの再見です)、 まず物語中の言語、スペイン語がダイレクトに理解できるという事に今更ながら感激。 スペイン語勉強しておいて良かった(笑) そして主役のアナ、長い台詞になると棒読みだぁ(笑) しかし姉のイサベルと就寝前に精霊についてささやき合うシーンや 井戸の前でアナが頭をゆらしながらひとりで風を受けるシーンなど こういった何気ない様子(おそらく演技じゃなくなってしまっている)が 本当にすばらしくて。。それはやはり今見ても 子供時代の空気感とそしてスペインの大地が描かれているなぁ、と。 それからまた、自分の幼少時をアナやイサベルに重ねて 忘れていた事を思い出させるような感覚もあります。 ****** 映画のタイトルの「ミツバチのささやき」は 原題では「EL ESPIRITU DE LA COLMENA」(直訳すると「蜂の巣の精霊」) 精霊を信じる子供。 大人たちの間にとっては日常に起こったひとつの事件。 映画のエッセンスや印象的な場面場面は(火を飛び越えるシーン、ネコの首をしめる、 叫び声と床に倒れていた姉、線路に耳をつける、森の中で水面に映る顔、等々..)、 今回見返してみても全く色あせる事無く記憶の中に残っていたんだなぁという反面、 物語の終わり方は、正直全く覚えていませんでした。 大詰め、意外と(?)展開するんですね。 ああいう終わり方だっけ? 後半、大人の現実とアナの幻想との距離がどんどん遠くなっていって、 やがて同じ子供である姉との距離すらも遠くなっていって、 スピリチュアルな言い方をすれば、 魂を「あちら側」へ持っていかれてしまった子供のシーンで映画は終わります。 現実的な視線で言えば、子供の精神は壊れてしまいます。 この映画を見た当時は私もまだ子供で 心情もアナの方に同化しやすく おそらくですが、 精神がこわれるということを現在よりもっと当然の事のように 体感的に感じていたのかもしれません。 だからこそこの物語の終わり方の印象が今回違うように感じたのかも。。 ただただ表面的にストーリーを追ってもこの映画は見えてこないと思います。 イメージの洪水。 そこからひとつひとつ、感じ取り、つかみ取ってより深い理解をたどる、 そういった印象の映画です。 先に書いた「火を飛び越えるシーン」について、 スペイン語のアントニオ先生が教えてくれた事があるのですが、 『スペインのある地方では、 自分の身体を清めるため(健康を祈るため)の儀式として、 たき火を飛び越えるおまつりがある』と言っていました。 映画の中では特にまつりの儀式としては描いていませんが、 そういう意味合いを持たせたシーンなのかもしれません。 なぜなら、子供たちの中で アナひとりだけが火を飛び越えようとしませんでしたから。 彼女の心に重く深い何かが沈んでいたから。 それぞれの場面の意味を探っていくと 感性と作意のバランスをとりながら、 かなり緻密に練り込まれた映画だと思います。
by MAJO_ceramica
| 2010-05-26 19:41
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